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magoの挑戦。

magoはヘアーサロンです。
髪を切って、心が晴れ晴れするサロンでもありながら、コミュニティーの場でもありたい・・・と、日々頑張っています。

これからも、日々得た情報を、magoフィルターを通してお伝えさせて頂きます。
ブログに掲載する内容は、色々な方から得たお話です。

今日は 五里夢中 から
『 平均寿命50歳からの挑戦』

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伊能忠敬(ただたか
日本地図を実際に歩いて測量して作ってしまった人で在る

人生50年と言われていたその時代に
50歳から35歳の先生に弟子入りし
天文学を学び始めた男がいた・・・

18歳の時に酒造家伊能家の婿養子

その時、伊能家の家業は衰え危機的な状態だった

忠敬は倹約を徹底すると共に、
本業以外にも、薪問屋を江戸に設けたり、米穀取り引きの仲買をして、
約10年間で完全に経営を立て直した

1783年(38歳)の天明の大飢饉では、
私財をなげうって地域の窮民を救済

やがて50歳を迎えた忠敬は、
家業を全て長男に譲り、江戸へ出て
天文学を学び始めた!

人生50年と言われていたこの時代に!!

32歳の高橋至時氏に弟子入り!

忠敬は51歳。

忠敬は幕府に手紙を送った
「隠居の慰みとは申しながら、
後世の参考ともなるべき地図を作りたい」

55歳で忠敬は江戸を出発

測量の方法は、歩幅が一定になるように訓練し、
数人で歩いて歩数の平均値を出し、距離を計算するというものだった

昼は測量、夜は宿で天体観測し、
両者を比較しながら誤差を修正、各数値の集計作業に追われた

雨の日も、雪の日も、ただ、ただ、歩いた・・・

五年後、東日本の地図は完成し、その正確さ故に
地図作りは国家事業になった

その間、師匠の至時は病に倒れ、
39歳の若さで永眠した・・・

忠敬60歳、日本全土の地図を作るため再び江戸を出発

だが西日本の測量は、体力が衰え始めた忠敬には過酷だった

数年後、
娘に出した手紙には
「(10年も歩き続け)歯は殆ど抜け落ち一本になってしまった
もう、奈良漬も食べることが出来ない」
と書かれていた

その後も、
相方の測量副隊長がチフスで死んでしまう悲劇など
数々の困難を乗り越え

1815年2月19日
全ての計測を終えて東京・八丁堀時にたどり着いた
忠敬70歳

彼が15年以上かけて歩いた距離は、実に4万キロ、
実に、地球を一周である!

その数字の修正、ツナギ合わせの作業も
莫大な数であった

日本地図の完成を見ずして
伊能忠敬は73歳で病没

しかし、
高橋景保(至時の息子)や弟子たちは

“この地図は伊能忠敬が作ったもの”

そう世間に知らしめる為に、
彼の死を伏せて地図の完成させた!

・・・

後日談もある・・・

忠敬の死から43年後の1861年、
来訪したイギリス測量艦隊が
幕府に強要して日本沿岸の測量を始めた時、
幕府の役人が携帯している忠敬の地図の一部を見て
その地図のあまりの正確さに
測量を中止してしまった

鎖国状態にあった日本なのに、
世界水準の正確な地図を持っていることに驚き、
見下すことを改めたという

物事を始めるのに
遅いなんて無い

志し高ければ
自分一人で出来なくても
周りが協力してくれる

志しのもと
命をかけて動いてくれた先人に感謝します

a0001470170@mobile.mag2.com

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まだまだ初心で始めれますね。

おしまい。

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今日は 人の心に灯をともすさんから
【えびすさんの話】
諏訪中央病院名誉医院長、鎌田實氏の心に響く言葉より…

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宮崎県の高千穂神社の後藤俊彦宮司にお会いしました。

彼との出会いはとてもエキサイティングでした。

「面白い伝説があります」と後藤宮司が教えてくれた。

イザナギとイザナミが結婚して、最初に産まれた子は未熟児で「ヒルコ」と名付けられた。

とんでもない名前をつけています。

失敗作として海に流しました。

そのヒルコは流れ流れて現在の大阪と兵庫の境あたりになる摂津国に流れ着いた。

そこの漁師に拾われて、これは天つ神の御子だからと大事に育てられた。

自らが海に流された神ですから、人の世の悲しみや苦しみがわかる神となって、それがえびすさんになった。

西宮の神社に祀られていると言います。

なるほどな、と思いました。

人間が人間でいることって捨てたもんじゃないんだ。

疎んじられ、見捨てられても、もうダメなんてことはないのです。

ひどい目にあったからこそ、辛い人生を生きている人の気持ちがわかる。

人生ってうまくできているのです。

この神話を聞いて、僕は後藤さんに自分の生い立ちを語った。

生んでくれた父や母は僕を育てられなかった。

捨てられたことは辛かったけど、貧乏なのに僕を拾って育ててくれた養父や養母がいた。

人間がやることって捨てたもんじゃないなって思った。

その貧乏な人に育てられたおかげで、自分は誰よりも自由に生きられるようになりました。

「イザナギとイザナミの初めてのお子さんも逆境を生きたことによって、たくさんの人を幸せにする神様になったわけですね」

と僕が聞いた。

後藤宮司は、

「もっとも庶民が信仰する神さまになりました。

年の暮れに商売繁盛で笹持ってこいって聞いたことがあるでしょう。

あの庶民信仰の強い神様になりました」

『1%の力』河出書房新社

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神社にいかなきゃ。

おしまい。

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今日は 魂が震える話から
『 天が重大な任務を人に与えるとき』

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「孟子」には、こんな言葉が書かれています。

「天の将(まさ)に大任を是(こ)の人に降(くだ)さんとするや、必ず先ず其の心志(しんし)を苦しめ、其の筋骨を労せしめ、其の体膚(たいふ)を餓えしめ、其の身を空乏(くうぼう)にし、行こうと其の為さんとする所に払乱(ふつらん)せしむ」

これだけだとさっぱり意味が分からなかったのですが(^_^;)

この意味はこうなります。

「天が重大な任務を人に与えようとするときは、

必ず、まずその人を苦しめ、その行動を失敗ばかりさせるようにする。

これは天が、その人の能力の欠けているところを満たすようにさせる試練である」

これは僕にも経験がありますが、皆様にも心当たりがあるのではないでしょうか。

泣きながら練習したり、苦しみながらも耐え抜いたり、悲しみの中でも立ち上がり続けた経験。

でも振り返ると、そんな経験から多くのことを学び、

そのときに飛躍的に成長していたということ。

ドイツの作家“ヘルマン・ヘッセ”もこう言います。

「神が人に絶望を与えるのは、その人を殺すためではなくて、新しい生命を呼び起こすためである」

そして、そのみんなが逃げたくなる時でも、困難に立ち向かう人というのはまさに、

「雪中の松柏(しょうはく)いよいよ青青(せいせい)」

という言葉にあるように、

春や夏の、周りの木々も青々としているときは目立たないけど、冬になり周りが枯れて葉が落ちた時、ひときわ人の目を引きつける青々とした「松」。

寒い冬、厳しい境遇、過ごしにくい環境、そんな中でも自分を見失うことなく力を発揮する、「松」のような人で在りたいものです(*^_^*)

00526431s@merumo.ne.jp

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途中経過は厳しいものですね。

おしまい。

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今日は 田尻ちゃんの~チャレンジ・応援・恩送り~より
【深く関わる】

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「どんな人がリーダーに向いているんでしょうか?」という質問に
以前、ブックオフ創業者の坂本さんが話していた話です。

「例えば、ここに吉野家の牛丼の無料チケットが10枚あるとしましょう」

10日間、昼飯代が浮いたなぁとする人ではなく、
無料券貰ったから、みんなで食べに行こう!
って仲間10人と分け合える人ですね!

~~~

この例え話がめちゃめちゃ響いたことを思い出しました。

会社を英語でいうと「カンパニー」

このカンパニーとは、カン=一緒に、パニー=パン、つまり「パンを一緒に食べる仲間たち」という意味です。

カンパニーとしてもっとも大切なことは
食べるパン以上に、志を一緒に食べる、
志を共有することですね。

田尻メルマガ
00583354s@merumo.ne.jp
に空メールで登録完了!

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一緒に。

おしまい。

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今日は 魂が震える話から
『人知れず思う』

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昭和二十年、日本は戦いに敗れ、占領軍が日本に進駐してきました。

そのとき昭和天皇は、占領軍司令官マッカーサー元帥に面会して、

「私はどうなってもいい、国民が助かれば。
それから国民の餓死を救うために、アメリカからの食糧援助をお願いしたい。
皇室の財産をその費用にあててください」

と申し出ました。

マッカーサーは、この昭和天皇のお言葉を聞いてびっくりしたそうです。

というのも、マッカーサーは、昭和天皇が命ごいに来たと思っていたからです。

マッカーサーは、この昭和天皇のお言葉に感動し、

「数千年の世界歴史のうえで、いまだかつて国民をかばって生命を捨てるという君主のあることを聞いたことがない」

と、彼の自叙伝の中に記しています。

昭和天皇はこの会見の内容については、侍従長に、「誰にも話さないという男の約束です」と、一切ご自分から語ろうとはなされませんでした。

そして、空襲で壊れた御所や宮殿の修復工事を、「国民の生活が安定するまでは」と許されず、修理がなされたのは、実に戦後二十年以上もたってからのことでした。

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「道徳の教科書」渡邊毅 著
PHP文庫より
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宮内庁のホームページにある、天皇皇后両陛下のご日程というのを見たことがありますでしょうか?

以下にリンクを貼っておきますが、

http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/gonittei01.html

81歳という年齢でありながら、ほとんど毎日、公務や宮中祭祀、時間があれば東北へ足を運び被災者の声に耳を傾け、という活動をなさっています。

先程の昭和天皇のお話もそうですが、本当に人知れず行動する見本のような生き方です。

だからこそ、陰徳であったりとか、人知れず善いことをすることに「美しさ」を感じる国であり、国民なんでしょうね。

この話は、メルマガ”魂が震える話”で紹介されていました。
00526431s@merumo.ne.jp

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人知れず、陰徳を積み重ねたいですね。

おしまい。

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今日は魂が震える話から
『 ある焼き鳥屋横丁の話』

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ある町に、焼き鳥屋横丁というのがあります。

どういうわけかその横丁には昔から、焼き鳥屋ばかりが十軒近くも並んでいます。

じつは、かつて、ここの焼き鳥屋同士は仲がとても悪く、激しくいがみ合っていたのです。

商売敵ですから、お客の奪い合いをひたすら繰り広げていたのです。

やって来るお客さんに「あの店は古い鳥を使っている。健康に悪いから行かない方がいい」とライバル店の陰口を流し合ったりしていたのです。

時には通りの真ん中で、店主同士で口げんかを始めることもありました。

そういうギスギスした雰囲気に嫌気が差してきたのでしょう、やがて焼き鳥屋横丁からはお客さんが離れていきました。

どのお店も、閑古鳥が鳴く有様になりました。

そして「このままではいけない。もういがみ合うのはやめて協力し合おう」という意見が出て、みんなで話し合う機会を持ったそうです。

しかしその席でまた、「お前の店には、こんな意地悪をされた。まずそれを謝れ」「いや、お前のほうこそ先に謝れ」と、口げんかになってしまいました。

その時にリーダー役の人が、こう述べたそうです。

「過去の恨みのことを言い始めたらキリがない。どうだろう、過去のことはすべて忘れ去って、みんなで新しくスタートを切ることにしよう」と。

そのリーダーの意見にみんなが賛同したことから、焼き鳥屋横丁の各店では共同で広告を打ったり、サービスデーを設けたり、横丁全体でイベントを催したりして、今では全店が協力し合ってがんばっていると言います。

おかげでお客さんも戻るようになり、以前にも増してどの店も繁盛しているとのことです。

_______

「商い」で成功した江戸商人「ビジネス」で苦しむ現代人
植西聰 著
Nanaブックスより

http://dokusume.com/modules/store/index.php?main_page=product_info&products_id=3484

_______

どんなに嘆いても、過去は変えられない。

「受けた恩は石に刻み、与えた恩は水に流せ」

という言葉がありますが、逆に考えると、

「受けた仇は水に流し、与えた仇は石に刻め」

ということになりましょうか。

自分がなにか嫌なことをされたとしても、過去を変えることもできないし、それに対して考えたところでイライラしてしまうだけなので、忘れることが大切ですね♪

そして、自分がしてしまった仇は、いつまでも配慮し続け忘れずに覚えている人に、人間味を感じます(*^_^*)

この話は、メルマガ”魂が震える話”で紹介されていました。

00526431s@merumo.ne.jp

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共存共栄ですね。

おしまい。

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今日は 陽転思考ワクワク先生おもしろ授業より
『死ニ方用意!!』

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僕は今、『生き方』の見直しをしています。

『生き方』の見直しをするには、
『死に方』を準備しておかなくてはなりません。

僕は、徳島の あんこ さんこと、
林安子さんから、毎朝毎朝、『死に方』の授業を受けてます。

例えば こんな感じで。

ーーーーーーー

『このままじゃあ終われない!あんこさんのリバイバル人生 3月10日 No.38』

死は必ず訪れる

それは・・今かもしれない

お葬式に携わっていると

この言葉が・・

本当にその通りだと

思うことが、たびたびあります

20代の人が

突然 交通事故で亡くなり

若い友人がたくさん会葬に来て

号泣している・・

そんなお葬式を担当したことが

何度かあります

だれしも・・

いつ人生が終わっても

おかしくないのだと・・

思い知らされます

とはいえ、私もそうですが・・

いつも死ぬのは他人ばかり

自分もいつか死ぬのは

わかっているけど・・

それは・・もっと先だろう

どこかで、そう思っているのです

しかし、どんなに若くても

事故や事件 災害 病気で

「今」命を失っても おかしくはありません

今日のお葬式の仕事の帰り道

激しく雨が降る中

車を運転していたので

事故しないように気をつけよう

そう思いながら慎重に運転していました

そのとき、ふと頭に浮かんだのです

もし、この瞬間・・

事故をして死んだとしたら

私の魂は 空に浮かび・・

何を思うだろう?

「しまった~!」

「死んでしもたぁ・・」
(ここ笑うとこです)

「ちょっと待って!」

「まだ やりたい事いっぱいあるしーーー」

きっと そう思うだろうなあ

やりたい事 やるべき事は

先延ばしにしてはダメや!(><)

決意 新たに・・

一人笑いながら帰ってきました(^^)

成功する人としない人の差は・・

「自分の命は、いつ失ってもおかしくない」と

本当の意味で・・

わかっているか、いないかの差なのだそうです

今日が最後の一日になるかもしれない

その覚悟で・・

今日を思いっきり愉しみましょう♪

奇跡の朝に感謝して

今日も・・

「死ニ方用意!!」

ーーーーーーーーー

あんこ さんによる『死に方』授業って
あんこ さんのメルマガを読ませていただくことなんです。

あんこ さんとはもう何年も
親しく付き合いさせていただいてます。

僕が博多駅そばにオフィスを持ったことで
博多のもよく見えます。

メルマガ大学も受けて下さったので
メルマガ百貨店で紹介させていただこうかと思ったのですが、、、、

今朝はここで、彼女のメルマガを紹介させていただいてます。

『このままじゃあ終われない!あんこさんのリバイバル人生』

以下のメルアドに空メールで
明日から このメルマガが届きます
    ↓
「anko@star7.jp」

迷惑メール対策設定されている方は
下記ドメイン 指定受信の設定をお願いします
    ↓
「star7.jp」

ーーーーーー

僕は、ひとつ死に方の準備が出来ました。

いつ、事故や病気でこの世の中をさっても、

お取り引きさま、お客さま、に金銭的にご迷惑をかけないよう、

これまで契約してた保険を見直し、昨年の12月法人契約で、新しい保険に入り直しました。

 社長が死んだら会社がコケた

がないように

僕なんかよりとっても世間に信用があり

僕にとって信頼のおける方に

後継を正式にお願いする準備もしています。

4月2日設立の新会社には僕以外に、もうひとり、決定権を持たせた役員も置きます。

そしてそして、、、、

もうひとつ、

僕、数日前、星空見上げ、思ったんです。

 僕がもし、この世を去る日が来てもフィッティーは死なない

って。

僕はいつの間にか、

自分が気付かないうちに

僕が死んでも死なないもの・・・

次の世代にバトンタッチするもの・・・

構築してたんだーーーー

って 。

さぁ、本格的に『死に方』の準備に入らせていただきます。

家の中の大掃除から~

クローゼットにはもう何年も着てない服が山ほど。

押入れとか、開けるの怖いくらい、いろんなモノが押し込められてます。

もう見ないのに捨てずに取ってるエロいDVDとか(笑)出てくるんじゃないかなーーーーー

よし、今年のゴールデンウィークは大掃除だーーーーーーー

捨てるぞーーーーーー

『死に方』、真剣に考え始めたら、

『生き方』、変わってきたような、、、

今日はそんなお話でした。

「陽転思考ワクワク先生おもしろ授業」
wakuwaku-taro@star7.jp

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生き方を考えてみよう。

おしまい。

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今日は 輝く未来ビトさんから
【江戸の商人が最も大切にしたもの】

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「なんでぇ、やろうってぇのか!この野郎」(私に何か意見があるんですか?)

「てめぇ一人が苦労してるってぇ領分だったら、えれぇ見当ちげぇでぇ!こん畜生め!目ん玉ひんむいててめぇの足元良く見て見やがれってんだ!この唐変木が!」

(貴方だけが頑張っていると思ってるならひどい考え違いですよ。良く私周りの人達を観察して下さい、鈍感過ぎです)

江戸時代の下町では、もしかしたらこんなやりとりがいたるところであったかもしれません。

江戸時代、江戸の町は年がら年中、火事が起きていたと言われています。

「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉も生まれるほどに、

江戸の町は人でにぎわい、火事も多かったのです。

商人たちにとっては、火事はできれば起きてほしくないものでしたが、

もし火事が起きたとしても、そのあとすぐに商売ができるよう、準備も怠っていなかったのです。

さて、もし火事が起きた時、江戸の商人が真っ先に、行ったことは何でしょうか?

1.お金や金品を持って逃げた

2.いくつもの桶に水を貯めていた

3.顧客台帳を井戸に投げ込んだ

4.店とは別の倉庫に商品在庫を貯えていた

(江戸の商人が火事が起きた時のために準備していたことは?)

それは、顧客台帳を何よりも真っ先に井戸に投げ込む ということを決めていました。

しかもその台帳は、水に濡れても大丈夫なように、コンニャクのノリで作った特製の紙製でつくられ、

水に濡れても、字が消えないような台帳を使っていたのです。

江戸の商人にとっては、

たとえ屋敷がなくなったとしても、

たとえ商品がなくなったとしても、

たとえ商売道具が火事で燃えてしまっても、

たとえ、お金がなくなったとしても、

顧客台帳だけは失いたくなかったのです。

火事ですべてを失って、一から商売をし、新しいお客さんを呼び込むことよりも、

今までお世話になったお客さん、目の前の人を何よりも大切にしていたのです。

そして火事がおさまった暁には、その顧客台帳を片手に1軒1軒のお客様宅を訪ね、

「火事でしばらく商売ができなくなってしまいました。」と伝えまわったのです。

するとお客様からは、

「火事になって大変だったのに、わざわざそれを教えに来てくれたのかい。よし、それじゃまたあんたのとこから、品を買うよ!」

と言われながら、お客様との信頼関係を維持できたことで、再び商売を始めることができた、と言います。

「またあなたに会いたい!!」

「また、あんたのとこでお願いするよ!!」

そう言われるような信頼を築き、そしてまた、江戸の人たちの人情に溢れた粋な心が

江戸の町をにぎわせていたのかもしれません。

【輝く未来ビト】
00576250s@merumo.ne.jp

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原点でありたいです。

おしまい。

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今日は 魂が震える話から
『 乃木将軍の生き方』

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日露戦争でもっとも激しい戦闘が行われたといわれている、中国は旅順での戦い。

このときの日本軍司令官は「乃木 希典(のぎ まれすけ)将軍」でした。

日本軍は多くの戦死者を出しながらも(乃木将軍の二人の息子も戦死しています)、ロシア陸軍が築いた巨大な要塞を崩しました。

この勝利をおさめた乃木将軍と、ロシア軍の総司令官だったステッセルが、共に会見をしたときのことです。

あるアメリカ人が、この会見の模様を撮らせてくれと、乃木将軍に願い出ます。

それに対し乃木将軍はこう言いました。

「武士道の精神からいって、ステッセル将軍の恥が残るような写真はとらせてはならない」

その後、再度外国の記者団が写真撮影を願い出たときに、条件をつけて受け入れました。

その条件とは、

ステッセル将軍に帯剣を許し、

「われらが友人となって同列に並んだところを一枚だけ許そう」

と言ったのです。

敗れた側の大将が、勝利した側の大将の前で剣を脇にさすことは、当時ありえないことだったそうです。

この乃木将軍の言葉を聞いた外国人記者たちは、武士道精神の美しさと寛大さに感動したといいます。

しかし、

話はこれで終わりません。

このステッセル将軍は、日露戦争敗北の責任をとらされ、ロシア皇帝より銃殺刑を宣告されました。

それを知った乃木将軍、

すぐにロシア皇帝に手紙を送り、ステッセル将軍が死力を尽くしてロシアのために戦っていたことを綴り、処刑をとりやめるよう訴えました。

その手紙のおかげか、処刑は中止され、シベリア流刑で済むことになりました。

とはいえ、遠く離れたシベリアへ送られたステッセル将軍にも家族がいます。

残されたステッセル将軍の妻や家族。

敵だった国の将軍の家族。

この敵国の将軍の家族に、

なんと、

自分が亡くなるまで生活費を送り続けたそうです。

この戦いで、自分の息子二人も亡くしているにもかかわらず!

この乃木将軍の生き方に、感動します。

00526431s@merumo.ne.jp

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心は粋でありたいです。

おしまい。

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今日は 人の心に灯をともす さんから
【いい顔つきになる】
斎藤茂太氏の心に響く言葉より…

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たしかに、美容整形をして、以前から気になっていた箇所を修復しただけで、とても明るく前向きな性格になる人はたくさんいる。

私はそれを悪いと否定するつもりはない。

心理学的には美容整形は仮面をかぶる作業と似ている。

ラテン語の仮面(ペルソナ)から英語の性格(パーソナリティ)という言葉が派生したことからも明らかなように、顔と性格は切り離せないものがある。

ただ、美容整形の場合は一個所いじれば、まぶたの次は鼻、唇、頬、アゴと、次から次へと気に入らない部分が出てくるもの。

要求水準がどんどん高くなり、つねに現実に満足できなくなってしまう危険がある。

また、性格も一時的に変わるかもしれないが、しょせんは外見的な美しさに裏打ちされた自信である。

優れた能力を発揮する人に感じるコンプレックスをカバーすることはできない。

もろくて、はかない自信に終わりかねないのである。

そもそも、人の顔は鼻が高いから、目がくっきりと二重だから、あごが小さいから、唇の形がきれいだから美しいのだろうか?

低い鼻がチャーミングな人もいるし、一重の切れ長な瞳に優しい光をたたえて魅力的な人もいる。

出っ歯に人の良さがにじみ、憎めない顔つきの人もいる。

容貌からくる魅力の基準は非常にあいまいで、人間性によるところも大きいのである。

顔の造作をいじってみたところで、個性的な美しさが出てくるはずはない。

もし、あなたが容貌ゆえに内向的な性格になったと考えているなら、それは大きな錯覚だ。

「美人」になりたい気持ちに縛られて身動きできず、心が安定していないだけのことである。

そんな人は「いい顔つき」にはなれない。

「教養」を磨き、「心」を安定させて初めて、自分らしい美しさを感じさせる容貌が手に入るのである。

たとえば、戦争に負けたり、異民族に征服されて自信を失った民族の表情には輝きがない。

目はどんよりとしてうつろである。

あるいは精神を病んだ人は、どんな美人でも顔に表情がなくなるから本来の美しさが失われる。

容貌コンプレックスのある人は、自らの容貌上の欠点を笑いのネタにするコメディアンを見ならうといい。

彼らはみな、芸人として輝くと同時に、その開放的な性格ゆえに人から好かれ、実にいきいきと魅力的な「いい顔つき」をしているではないか。

容貌上の欠点を個性ととらえれば、チャームポイントともなるのである。

『グズをなおせば人生はうまくいく』大和書房

絶世の美女といわれている、クレオパトラは実はそんなに美人ではなかったそうだ。

それなのに、なぜ当時の二人の英雄、カエサルとアントニウスがとりこになってしまったのか。

彼女は、非常に頭がよく話題も豊富で男性を飽きさせなかったという。

そのうえ、聞き上手で、男は彼女の前にでると、つい本音でしゃべりたくなってしまったそうだ。

銀座の一流クラブでも、ママは意外にそんなに美人ではない人が多いという。

容姿より、会話力や傾聴力といったお客を楽しませる能力が問われるからだそうだ。

どんなに豪華でお金がかかった内装と外観を持ったレストランであっても、料理がまずくて、接客が下手だったら誰も行く人はいない。

これは人も同じで、容貌や外見がどんなに美しくとも、品性が下劣で、性格が悪かったらだれも寄り付く人はいない。

男女に限らず、これは真理だ。

容貌だけがよくなっても、「いい顔つき」にはならない。

見た目も大事だが、中身を磨く方がもっと大事だ。

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弱味を知り強味を伸ばす。

おしまい。